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医療についていろいろと問題が取り沙汰されている昨今、普段は医療の中にどっぷりと浸かって研鑽を続ける一方で、時に医療全体を遠い位置から考えてみる余裕が出てきたので、考えを一旦まとめてみる。 医者は足りているのか? 全く足りていない。都市部では医者は余っている、医師の偏在が問題だ、などとも言われているが、そうは思えない。偏在だってあるだろうけど、絶対的にやっぱり足りていない。それはOECDなどがまとめた数字を比べてもそうだが、そんなことより臨床に身を置けば、肌で分かる。 日本人は広がる医療技術に対し、1人の医者が広い知識と広い技術を身に付けることでカバーしてきた。広がる医療技術に限らず、特に大学病院などでは、医者がやらなくてもよい周辺作業を医者自らがカバーしてきた。そうして一人ひとりの負担を増大させながら、モンスターペイシャントと表現されるような患者や患者家族にも対応し、日々疲弊することを常識として働いてきた。 時代は変化し、特に若い医者がそういう現状を避け、資本民主主義個人の生活の質をまず確保するようになってきた。結果的に各診療科間において貧富の差、生活の差が格段に増大してきた。 一方で、患者サイドの常識も変化し、核家族、共働きなどのため、時間外診療を容易く利用する傾向が強くなった。したがって専門外の患者も診療しなければならない時間外勤務の負担も増大する。 小病院、診療所による救急・時間外診療が減少し、多くの時間外受診患者が中・大病院を受診する流れができた。しかし専門化をよしとしてきた昨今、中・大病院では専門外の患者を全身的に診療しなければならない時間外診療を快く引き受けられる医者の数は多くはない。 そこに患者は「いつ行っても誰でも同じ診療がうけられるはずだ」と思い、医者は「何でこんな時間に専門外の診療をしなければならないのだ。明日の診療もあるのに。」と思う。往々にしてそのようなケースに問題が起こり、負の連鎖が生じる。 つまり、時間外診療を当直制で支える日本においては余裕をもって診療を行えるように元より医者が多すぎてもいいくらいなのだ。そうすると、現状は医者不足以外の何者でもない。 さらに加えれば、先のたらい回し事件なども、医療システムなどによる改善も望まれるが、根底に時間外の診療体制の希薄さに起因しているといえる。 しかし、さあ医者の卵を増やしましょう。といっても簡単には問題は解決しない。諸問題を同時に考える必要がある。とりあえずどちらかといえば、医者以外の労働者を増やすとよいかもしれない。日本の病院に従事する全職員数は同規模で比較し、欧米と比べ5分の1から10分の1しかいないらしい。 先日高野山に行ってきました。辛うじて残っていた紅葉とkizuna では救急・時間外患者診療システムのあり方について これまでは個々の病院が各病院の事情によって医療を行ってきた。しかし、現在のくずれた医療の需要供給バランス下では、地域によってそれでは巧くいかなくなってきた。 救急医療の中で、メディカルコントロールという概念ができた。医療と救急隊を結ぶ、医療連携システムだ。 同様に病院間を結ぶコントロールが必要な時代になってきた。当直医が診れないから診ない。という病院の事情で患者の受け入れを判断するべきでない時代だ。この患者がどういう現状で、どこで診る事がベストであるかを地域が責任をもって判断できるシステムが必要になってきた。各救急車が1軒ずつ収容を求めて病院へ電話するシステムを放置するのはもはや罪の領域だ。早急に市町村のレベルでコントロールが必要だ。 医者の確保に関しても各病院だけの問題ではなく、医療圏レベルで行政が医者の確保に乗り出すべきだ。 が、システムができることをただ待つことはできない。今日も救急患者を乗せた救急車が収容先を求めている。できることは、自分が診ること。自分が診れなければ誰かを呼ぶこと。診断と初療を済ませれば、より高次病院や専門病院へ搬送することが容易となる。どこかで診れるだろう、がたらい回しを生じる。たらい回しは絶対に起こしてはならない。時間外診療の充実は、確実に医療不信にまつわる諸問題を緩和するはずだ。 医者が医者である理由 以前と比べ社会的地位が低下した医者という職は、しかし現在でもやはり敬われる職のようである。なぜだろうか。 それは他人の体を扱う職であるからではない。他人の体に対する侵襲的・あるいは非侵襲的な介入(「大丈夫だよ」の一言にも!)に対して全責任を負っているからだ。そのためにわれわれは関係する医療技術全ての研鑽を続ける義務があり、また甲斐もある。 その責任は往々して躓いた時にこそ痛感し、時に心をねじ切られるような辛苦を感じることもある。 しかし、その責任を面と向かって全うすることにのみ医者である真価がある。 つまりは前向きな自己犠牲をなくして医者では在れないのである。そういう職である。 そして医療は各医者の中にある医療の心という極めてもろい精神的支えで成り立っている。 時代が変わった現代でも、この一見時代錯誤的な事実は変わるはずがないと思うし、これなくして医療はやはり成り立たないと思われるのだ。 今の教育の中で、もしそういう事実を明言していないなら、これから卒業する医者の卵たちの質は相当落ちてしまう可能性がある。頭数を増やしても何の足しにもならないかもしれない。 続く |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|---|
なかなかいいこと言うな。 |
kohshi 2008/12/05 23:04 |
勉強になりました。 |
ani 2008/12/06 00:34 |
バランスよく全体をみていることに |
ははは 2008/12/07 18:44 |
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